親子で10年目の東北大震災被災地の今を知り復興を支援する

石巻・女川・松島海岸 2021/3/29~3/31 3日間

 

コーディネーターは、元名古屋短期大学教授 野津 牧 先生

 

まずは、初めに今回のツアーがどんな旅だったのか動画で見てみましょう!

↓野津先生のブログにて✿↓

http://shinsaitohoiku.blog.fc2.com/

 

2011年3月11日 午後2時46分 皆さんは、このとき何をしていましたか?

私は授業中でした。名古屋は円を描くようにグイーンと揺れ、あれ?めまいかな?と思ってしまうような揺れでした。

あれからあっという間に10年が経ちましたが、当時の出来事はまだ鮮明に覚えています。

たぶんこの先ずっと残るはずです。

 

◇死者・行方不明者◇

検察庁発表(2019.3.8現在)によれば、震災関連死を除く東日本大震災による死者は15,897人。

行方不明者は2,533人。また、震災関連死は3,767人。

⇒全て合わせた犠牲者は22,197人

 

死亡原因としては、津波による溺死が92.4%を占め、阪神淡路大震災の建物倒壊による頭部・頸部・腹部損傷、窒息・外傷性ショック83,3%との違いを見せています。

(野津先生の資料集より)

 

☆では、ツアーの中身を見に行きましょう!

 

☆1日目☆

さんさん商店街

⇒南三陸町は多くの商店も被害に遭い、プレハブの仮設の商店街で再開させた。

防災対策庁舎

⇒職員の遠藤未希さんは、2階の放送室から町民に向けて非難を呼びかけ続け津波に飲み込まれ亡くなった。

町は壊滅したが、多くの町民は未希さんのせっぱくした声に押されて高台に避難し助かった。

 

↓野津先生のブログ↓(詳しい解説・写真があります。)

http://shinsaitohoiku.blog.fc2.com/blog-entry-102.html

 

 

 

☆2日目☆

石巻市 大川小学校 解説:遺族の佐藤さん

⇒74人の子供たちが犠牲となった。

大川小学校の子供たちがなぜ亡くなったのかについて、遺族の立場から検証されている。

 

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女川町 復興商店街シーパルピア

⇒女川町は中心部ほとんどが津波により流された。人口比で最も多くの犠牲者を出した。

現在はJR石巻~女川線も復旧し、新駅舎から女川港に向かってシーパルピアという復興商店街ができた。

 

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石巻市 旧門脇小学校

⇒震災当時、一部の生徒は下校をしていましたが、校内に残っている生徒を裏山に上らせ避難をさせた。

門脇小学校ではかねてより裏山への避難訓練が実施されていた為、教師・生徒・保護者に至るまでスムーズに避難ができた。

 

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東松島市 震災復興伝承館、旧野蒜駅舎

⇒震災で壊された野蒜駅を忠実に再現しており、震災の状況が如何に過酷であったかがよくわかる。

横には、震災不幸伝承館が。被災状況やその後の歴史が記されている。

 

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☆3日目 最終日☆

松島観光 (観光船で島めぐり)

⇒遊覧船は1時間おきに出ていて、海からの絶景を堪能できる。

 

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☆今回の宿泊先:バリューザホテル東松島 矢本☆

⇒コロナウイルス感染対策を重視し、シングル中心のホテル

震災で多くのホテルも被災し、工事関係者の為に作られたプレハブ型。

この様に説明をすると心配ですが、アメニティ等は充実していて、ビジネスホテルと変わりありません。

家庭料理が楽しめた、一人でくつろげたと、好評でした。

 

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☆参加された方々の感想☆

10年後の今でも工事が多く大変だなと思いました。

現場を目にしながらのお話、当時の様子を想像しながら聞けました。

津波の驚異に感嘆するばかりです。

74人の子供たちの命(土手に逃げていれば助かった命)本当に悲しい出来事でした。

野津先生も語り部の佐藤さんも、話すスピードもちょうど良く、聞きやすかったです。

ホテルも一人部屋で安心、食事も家庭料理で良かったです。